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社会における
宗教の影響 L. ロン ハバード
宗教が社会で影響力を持っていないか、あるいはそうあることをやめてしまったとき、国家が公共道徳、犯罪、不寛容さという重荷をすべて受け継ぐのです。その時国家は懲罰と警察を使うに違いありません。しかし、それは成功しません。なぜなら道徳、高潔さ、自尊心がその個人に元来備わっていなければ、無理強いして何らかの大きな成功を収めることはできないからです。それらは精神的な意識によって、そしてそういった特質の精神的な価値を植え付けることによってのみ、もたらすことができるのです。道徳的であるためには、人間による懲戒という脅しよりも、より大きな理性とより大きな感情的動機などがなければなりません。
文化が、精神性の追求から物質主義へと完全に落ち込んでいる場合、人は、それぞれが魂であって物質的な動物ではないと示すことから始めなくてはなりません。彼ら自身の宗教的本質を実感することから、個人個人は再び神の意識へと至り、より自分自身になることができるのです。
医学、精神医学、そして心理学は、「人間性」の問題全体を、肉体、脳、力といった物質的種類の区分の中にただ放り投げることによって「解決した」のです。彼らは政治的に独占を主張し、その独占を強調するために社会的、政治的なプロパガンダを使うので、人間性への本当の答の探求を妨げているのです。
人間性という領域で結果を欠いていることが彼らの失敗を証明しています。彼らは人間を変えることはできません − 堕落させることができるだけです。人間性という領域において支配を主張する一方で、彼らは結果を実証することができないのです − 彼らは他の誰よりも、その結果の欠如を自ら実証しているのです。彼らの自殺率は最も高く、また他の人たちへの力の行使を好みます。彼らの監督下で、犯罪率と反社会的な力が上昇してきたのです。しかし彼らは、答を求めるあらゆる人への攻撃、そして文明化する宗教の影響への攻撃によって最も咎められるのです。
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