もし文法が人々に的確に、思考、アイデア、そして意味を伝えるように、単語を話し言葉や書き言葉の形に編成する方法として定義されるのなら、生徒たちは、自ら話すこともコミュニケートすることもできなかった「教授たち」の束縛のもとで苦しんでいると考えるのではなく、むしろそれを熱心に勉強するようになるでしょう。文法は人々が理解するため、そして理解してもらうために必要なもので、そこで終点なのです。
過去の文法学者は単語が何であるかを全く理解せず、自らの主題の最も基本的な要素を正確に定義し損なったのです。
彼らはまた、一般に言語はいくつかの意味を持ち、いくつかの異なった方法で使われる単語から成り立っている、という事実に気づき、またそれを強調することにも失敗しました。
これを理解しないと、言語と文法はとても混乱しているもののように見えることがあります。
これらのこと、そしてその他の多くの誤りが、その主題を学び、用いることを困難にしてきたのです。
この本の目指すものは、人を言葉と言語を使用し組み立てることに熟練させ、それによって自分の概念と思考を明確かつ明快に伝えることができ、他の人たちの思考と概念を理解することができるようにすることです。
それが文法に関するすべてなのです。